わかりやすい仏教入門書ですが……

『池上彰と考える、仏教って何ですか?』の一章では、池上さんらしくわかりやすい語り口で、仏教の歴史や日本仏教の特徴について語っています。

仏教史の部分はかなり要領よく整理されているので、ひととおり仏教の流れを知るためにはいいかもしれません。

ただし、日本仏教への批判については意見が分かれるかもしれません。オウム真理教のようなカルトが力を持ったのは伝統仏教に魅力がないから、という見方についても、正直そのまま呑み込めない部分はあります。

カルトが力を持っているのは日本だけではないですし、日本仏教の在り方もたんに「葬式仏教」と決めつけられないほど多様ではないかと思います。

そうした部分をのぞけば、仏教入門書としてはいいものかもしれません。

ダライ・ラマ法王との対談に価値あり

この『池上彰と考える、仏教って何ですか?』は、わかりやすい本ですが、仏教入門書としてならもっといいものがほかにもあると感じます。

ですが、この本のもっとも価値ある部分は2章におけるダライ・ラマ法王との対談です。

この対談において、池上さんは法王に「東日本大震災の災害も因果応報なのですか?という、答えにくい質問をぶつけているのです。

この問いへの法王の答えはこのようなものです。

一方で、結果として何らかの状況を生む条件となるものには、この自然界を成り立たせている地・水・火・風・空という5つの構成要素の変化もあります。ただし、5つの構成要素がどうして変化を遂げるのか、それについて深く遡って考えてみると、地球上の命あるものの行為と関係してきます。しかし、自然災害などの場合、その場の状況が生じた引き金になるのは5つの構成要素の変化であり、人間の行為には直接的にかかわりはありません。

つまり、法王は「震災は因果応報の結果ではない」と明言しているのですね。

「自身は天罰」などと発言する政治家も当時はいましたが、法王はそんな考えではないのです。

私自身、こうした悲惨な災害も仏教では個人の業のせいだと考えるのかが気になっていたところなので、法王の発言にはほっとしたところもあります。

本来人の心を救うべき仏教が、ここで「災害は業の結果」だなどと言い出すようでは困りますよね。

ダライ・ラマ法王はこの対談で、日本人に向けて「物とお金は60パーセントにとどめ、40パーセントは内なる価値を高めることを考えるのに使ってほしい」とメッセージを送っています。

現世的なことばかり考えていると大きな災害に遭ったときに立ち直れない、というお話です。

俗世を生きる人に向けた、バランス感覚に富むメッセージではないでしょうか。

「良い焼身自殺」がある?

ダライ・ラマ法王のお話には驚くべきものもあります。

チベット人には、中国政府のやり方に対して抗議の焼身自殺をする人もいるのですが、ダライ・ラマ法王はこう発言しているのです。

焼身自殺もひとつの行為です。ひとつの行為が悪い行いなのか、よい行いなのかを決める境界線は、その行為をしたときの心の動機によって決まります。

その人が真摯な気持ちで仏教のことを考え、チベット人の人権を守ろうと考えてしたのなら、それはよい心の動機になります。そのような行為によって焼身自殺をしたのであれば、それはよい行いになるのです。

しかし、憎悪や怒りなど、中国人に対する強いネガティブな感情に基づいてされたとしたら、その行為は悪い行いになります。これが仏教的な判断の根拠です。

これは、日本人にはなかなか理解しがたい考え方ではないでしょうか。池上さんもこの対談の後で、「どんな理由にせよ、自らの身を犠牲にしてよいという論理に納得できたわけではありません」といっています。

チベット仏教には、やはり日本人の感覚とは異なる部分があるのかもしれません。

もっとも、焼身自殺以外の有効な抗議方法もない状況では、こういわざるを得ないのかもしれませんが。


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