文明は宗教をベースにしている
この本に出てくる四大文明とは、キリスト教文明・イスラム教文明・ヒンドゥー文明・儒教文明のことです。
四大文明はどれも宗教をベースにしています。宗教は個別の文化や言語や民族を超える普遍性を持っているため、多くの人を信者にできます。
そして、宗教は人々が同じように考え、同じように行動するための装置なので、宗教によってそれぞれの文明圏の人々の行動様式が決まります。
それぞれの文明圏の行動様式については『4行でわかる世界の文明』で簡潔に書かれていましたが、この本では各文明の特徴について、わかりやすく解説しています。
日本文化についても一章ページを割いていますが、日本文化は他の文明と違って宗教の正典(カノン)を持っていないため、文明ではありません。
日本は四大文明圏の外にあるので、日本人はマイノリティなのです。このことを自覚し、他の文明と付き合う方法を学ぶためにそれぞれの文明について知る必要がある、というのがこの本での橋爪大三郎さんの主張になります。
ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の関係性がよくわかる
この本を読むと、ユダヤ教やキリスト教、イスラム教について、わかるようで何もわかっていなかったことを思い知らされます。
二章を読むと、ユダヤ教におけるヤハウェ、キリスト教のGod、イスラム教のアッラーは同じ存在だと書かれています。
3つの異なる宗教が、実は同じ神を信じているというのは驚きです。
ではこの3者の違いは何なのでしょうか。実は、神が同じでも信じ方が違うのです。
たとえばイスラム教の立場からすると、キリスト教徒やユダヤ教徒はモーセやイエスなど、古い預言者に従っていることになるのです。イスラム教の立場では、モーセもイエスもアッラーの預言者であり、ムハンマドが最後で最大の預言者です。だから、ムハンマドの受けた啓示をまとめたクルアーンを重視するわけです。
信じている神自体は同じなので、イスラム教にはキリスト教徒やユダヤ教徒は税金をよけいに払えば改宗しなくていいという「宗教的寛容」があります。一方、キリスト教の立場からすればムハンマドは預言者ではないので、イスラム教を認めることができません。
そしてユダヤ教徒はキリスト教徒やイスラム教徒にくらべて少数派なので、信仰共同体の自治を認めてもらうのが精いっぱいだった、とこの章には書かれています。それぞれの宗教の関係性について、この章を読めばかなり整理されると思います。
目が醒めるような儒教文明の解説
四章は儒教文明の解説ですが、この章には驚きました。儒教が中国史に果たした役割について、きわめて明快に書かれているからです。
この章では、儒教の「忠」と「孝」の関係性について解説されています。儒教では、主君に尽くす「忠」よりも、親に尽くす「孝」を優先します。
主君には3回諫言しても聞き入れてもらえなければ辞職しなさい、という教えもあります。相手が親なら、3回諫言して聞き入れられないなら服従しないといけません。
これは体制側に都合の悪い教えのようにみえます。なのになぜ、中国ではずっと儒教を体制側のイデオロギーとしてきたのでしょうか。
橋爪さんによれば、この理由は中国の農業の特徴にあります。中国の農業は零細な家族経営で、とても過酷です。農業は地位や名誉とは無縁な仕事です。
でも、子供が自分を敬ってくれるなら、生きがいもでき、労働意欲も増します。子が親を養うことで、老後のセーフティネットもできます。つまり「孝」を重視することで、農家経営が安定し、税収も安定して国家経営がやりやすくなるのです。
私は、ここまで儒教のメリットについてすっきり理解できる文章を読んだことがありません。個人的には、この章を読めただけでもこの本を読んだ甲斐があったと思います。
日本人が誇りを持つべき文化とは?
この本の五章は日本文化について書いていますが、ここで興味深いのは「江戸時代の日本には学問の自由があった」ということです。
中国では科挙があるため、朱子学に合致した答案を書かなくてはいけません。でも日本には科挙がないので、江戸幕府公認の朱子学とは異なる学問をする自由があるのです。
江戸時代の学問で重要なのは、伊藤仁斎や荻生徂徠などの古学派です。彼らは朱子学を排し、孔子や孟子のテキストを直接読むことに力を注ぎました。本居宣長の国学もまた、古事記をテキストとして読み込むものでした。
古学や国学の、統治権力のイデオロギーに影響されずにテキストを読解する方法論は、蘭学にも応用可能でした。蘭学を学ぶことで日本が近代化できたのですから、古学や国学は近代化の基礎を築いたともいえるのです。
私たちは江戸時代の思想の豊かさを、今一度思い出すべきなのかもしれません。
『世界は四大文明でできている』は、江戸時代の思想に目を向けるための一冊としてもおすすめできる内容だと思います。
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