「流言・デマは人を殺す」とこの本の著者・荻上チキさんは序章で書いています。
かつて「朝鮮人ガイドに毒を入れた」という噂が広がり、そのために多くの人々が民衆の手によって殺されたように、流言やデマは多くの危険を生むのです。
そして、東日本大震災のような災害時だと、流言やデマは救命のチャンスロスを生みます。「〇〇という被災地で救援物資が募集されている」というデマが飛びかうと、必要のない物資がそこに届けられ、本来物資が必要な場所に届かないということが起こるのです。
『検証 東日本大震災の流言・デマ』は、東日本大震災時に流れた流言やデマを拾い上げ、どんな有害な影響があったかを検証するものです。
読んでいくと、もう10年以上前のことなのに、ネットが引き起こすデマの悪影響が現代でもほとんど変わっていないことに驚かされます。
だからこそ、ネット情報へのリテラシー能力を身につけるためにも、この本を読む意味があると感じられます。
なぜ流言やデマが流れるのか
流言はなぜ生まれ、ひろがるのでしょうか。
この本では、『デマの心理学』の公式を引用して説明しています。
流言の広がりは、重要さと曖昧さの掛け算で計算できます。多くの人が情報を求めているにもかかわらず、正確な情報が不足している状況では、流言が広がりやすいのです。
震災直後もまさにこういう状況だったのです。通信網が破壊されて情報が不足し、皆が不安に陥っている中では、流言やデマが飛びかいます。
これに対抗するため、公共広告機構は「デマに惑わされないようにしよう」というメッセージを含んだ広告を流しました。
でも、効果は十分だったとはいえません。以下に示すような多くのデマが、日本社会では飛びかっていたのです。
「有害物質の雨が降る」というデマ
東日本大震災の直後、千葉のコスモ石油の製油所が爆発しました。
この火災をきっかけに、「有害物質の雨が降る」というツイートやチェーンメールが当時多くみられました。
1章の解説によると、こうしたデマはコスモ石油が公式サイトに出したメッセージがマスコミに取り上げられたことで、次第に沈静化していきました。
正確な情報が不足している状況でデマが発生し、正確な情報が伝えられることでデマが沈静化していくことがよくわかります。
この章ではデマが伝わっていく様子を検証していますが、ツイッターの伝言ゲームで状法の一部が強調されたり、逆にそぎ落とされていく様子がよくわかります。
コスモ石油のケースでは不安による推定→伝聞→断定口調へと内容が変わっていっていますが、ツイッターのうわさがいかに当てにならないかを改めて思い知らされます。
流言・デマを生む「情報ボランティア」たち
この本の二章では、東日本大震災において流言・デマの拡散に加担した存在として「情報ボランティア志願者」をとりあげています。
大災害の様子が報道されると、「自分にも何かできないか」という使命感に駆られる人々が多くあらわれます。こうした人々の一部がネットの前にかじりつき、熱心に情報発信をするのです。
こうした人々は情報の信憑性も確かめず、気になった情報を拡散したり、チェーンメールを多くの人に転送したりします。こうした「情報のバケツリレー」により、間違った情報や、かえって不安を煽るようなデマが広がってしまうのです。
こうした状況を荻上さんは「災害カーニバル」と呼んでいます。大災害の後の異常なハイテンション状態が、こうした状況を加速させてしまうのです。
たとえ動機が善意であっても、デマを拡散してしまっては何にもなりません。リテラシー能力を欠いた善意の人は、時には加害者になってしまうかもしれないのです。
今も変わらないまとめサイトの実態
この本の3章で書かれているように、流言やデマに惑わされないためには、ソースの確認が不可欠です。
ですが、東日本大震災が起きて以来、ソース不明な情報がたくさん流れてきています。
そうした信憑性の薄いうわさなどをそのままコピペし、世間を煽ることを目的とするまとめサイトの存在についてこの章では言及されていますが、こうしたサイトは今でも変わらず存在しています。
多くの人は、ソースをよく確認せずに情報に流されます。このため、この章で紹介されている「オバマ大統領の名演説」のようなものまで感動的ストーリーとして消費されてしまいます。
この演説は映画の台詞のパロディで、東日本大震災とはまったく関係のないものでしたが、人は信じたいものを信じてしまう生き物なのでしょうね。
だからこそ、一見いい話風な情報でもソースを確認する癖をつけたいものです。
荻上チキ『検証 東日本大震災の流言・デマ』はkindle unlimitedで読み放題対象です。