「そんなに簡単に平和な世の中から戦争の時代へとシフトするのだろうか?」といった疑問。それは、個々の事実をつなぐ様々な出来事が教科書では端折られてしまっているから。本書では、そうした隙間を埋め、かつ簡素な記述の裏にある今日的な意味に光を当てながら昭和史を振り返る。

教科書の記述を肉付けする昭和史の入門書

これはかなり良質な昭和史の入門書です。

日本史の歴史教科書を引用しつつ、その内容を補足する形で進めていくので、教科書の内容がより理解しやすくなっています。同時に、教科書の記述は端折りすぎで、これを読むだけではとても歴史がわかるようにならないこともよく理解できます。

教科書の記述を肉付けしてくれるこの本を読めば、昭和史の流れを把握しやすくなると思います。変な偏りもなく公平な内容なので、昭和史を知りたい方には広くおすすめしたい一冊です。

満州事変が起きた理由

日本近代史の転換点として必ずとりあげられるのが満州事変です。この本では満州事変について、「陸軍が対ソ戦に備えて軍事拠点を確保しようとしたもの」ととらえています。

もともと日本は満州には旅順・大連と満鉄に付属する細長い土地しか保持していませんでした。しかし対ソ戦の戦略拠点を築くには、満州全土を関東軍が自由に使える必要があります。このため、満州で軍事行動を起こしたのです。

当時の日本は経済的にアメリカとの関係が深く、アメリカから経済制裁を食らうリスクの高い満州での軍事行動を政府は支持できません。にもかかわらず満州での軍事行動が拡大したのはなぜでしょうか。

軍部が台頭したのではなく、政党政治が自滅した

満州事変は政党政治への軍部からの挑戦であり、民政党と政友会はこれを抑えるため、協力内閣をつくる構想がありました。この協力内閣構想が具体化していた段階では、関東軍の侵攻にブレーキがかかっていました。

しかし若槻礼次郎は、民政党単独でも事態を収拾できると考えました。協力内閣の話が出るだけで関東軍を抑えられるなら、単独内閣でも対処できるのではないかと考えたのです。結局両党の協力内閣は成立せず、その間に関東軍は既成事実を積み上げていきます。

1931年12月に誕生した犬養内閣は景気対策のみを訴えて選挙に勝ち、満州事変を収集することはしませんでした。翌32年には満州国が誕生してしまいます。この過程について、著者は「軍部が台頭して政党政治を破壊したのではなく、政党側が自滅した」と評価しています。

歴史にイフはないとはいえ、政友会と民政党が協力内閣をつくっていたら、この後の日本近代史の流れはずいぶん違うものになったのではないかと考えさせられます。

世論と政党の関係のむずかしさ

満州国ができたあと、政友会と民政党は一致して満州国を承認する決議を出しています。この本によると、それは世論が満州事変を支持していると勘違いしたからなのです。

確かにこの当時、満州事変の経過を伝える新聞は飛ぶように売れていました。しかしそれは、国民が現地で何が起きているかを知りたかったからであり、必ずしも事変を支持していたからではありません。

つまり、政党側が架空の世論に迎合するかたちで、満州国を承認してしまったのです。ここには世論を把握することのむずかしさとともに、民主主義そのものの危うさも垣間見える気がします。政友会も民政党も少し前までは協調外交を進めていたのに、世論が強硬路線を支持していると見るや、その路線に転換してしまうのです。

世論は間違うこともありますし、世論に合わせるだけで正しい国家運営がおこなえるとは思えません。しかし政党は世論に流されがちな一面もあります。選挙に勝たなければ政権を安定させられない政党がいかにしてポピュリズムを避けるか、これは今なお政党政治の課題でもあり続けています。


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